2016年5月26日木曜日

はじめましての方へ「グラスフィッター物語」


天職でキラリ輝くお店を目指す
グラスフィッターの実話です。



はじめまして。
神戸三田の地で眼鏡セレクトショップの
店長をしている徳永と申します。


恥ずかしいお話ですが

少しでも徳永のことを知って頂きたく
これまでのことをお話したいと思います。

少々長いですが、もしもよろしければ
お付き合い下さい。

















大学卒業を目前に進路指導室で
私は途方に暮れていました。

自分にはどんな仕事が向いているのか?
そもそも自分は何がしたいのか?

まだ当時の私には
見当もつきませんでした。

何となくカッコイイからと
広告代理店を調べてみたり

やっぱり食品関係が
堅いと思ってみたり。

そんな中、たまたま開いたページに
日本最大の眼鏡チェーン店が
紹介されていました。

何となく、本当に何となく
その会社を訪問先リストに
入れていました。

その後、あっけなく
その会社から内定通知が届き

気がついたら賑やかな街の
量販メガネ店の片隅で
メガネを拭いていました。

特に好きでもない物を売る
つまらない日々。

毎日毎日ミスの連続で
上司には叱られてばかり。 


















自分にはもっと他に
向いている仕事があるはず。

帰りの電車では就職情報誌が
愛読書でした。

そうです。当時の私は
どうしようもない

ダメ社員でした。

結局辞める勇気すらなく
少しづつ仕事を覚え

やがて後輩ができて
少しは社会人ぽくなり始めたある日、

学生時代の友人に

「どうしてもオマエに
会わせたい人がいる。」


と言われました。

友人が紹介したのは小さな眼鏡ショップを
開店したばかりの若い社長でした。

初対面でも
不思議な懐かしさを感じました。


初めて会った時
社長の言葉に

私は衝撃を受けました。






「メガネって面白いよな!」





私はそれまで
メガネが面白いと思ったことが
一度もなかったからです。


「この仕事って楽しいよな!」

値切られてばかりのこの仕事、
正直言って好きではありませんでした。


「小さい会社だけど、うちへ来ないか?」


好きな仕事では無いけれど
安定した大手を辞める勇気は

全くありませんでした。

でも、
このまま続ける理由も無かったのです。

何となく惰性で働いていた私は

いきなり大きな岐路に
立たされた気がしました。

毎日同じ日々が過ぎ去って行く。
気がついたら社会人5年目でした。


「メガネは面白い。

この仕事は楽しい。」



仕事からの帰り道
その言葉が
頭から離れませんでした。

何度も熟慮した結果
数ヶ月がたったある日
私は一大決心をしました。

業界最大手のチェーン店を
辞めることにしたのです。

当時の上司からは

「いつでも帰ってこい。」
と暖かいお言葉を頂きました。



そして遂に
業界最小の個人店へ移りました。

検査、販売、加工。
個人店へ移っても
やる仕事は今までと全く同じ。





でも無名のお店を
お客様に選んでもらうのは
どれだけ大変なことか。

誰でも知っている有名な
大手とは立場が全く違いました。

小さな店だからこそ
いかに信頼していただくか

メガネを売るのではなく
見える喜びを提供すること。

それには事務的な対応では通用せず
もっと人間味のある対応が必要でした。

一人の人間として
信頼を得ていく必要がありました。

想像以上に慌しくなりましたが
以前と違い毎日が充実してきました。

小さいながらもみんなで一丸となり
数年後に2号店を出店しました。

先輩の2号店もすぐに軌道に乗り

そして遂に今度は私に

大きな役目が回ってきました。

新たな3号店を
任されることになったのです。

やっと自分もひとり立ち。

これからは誰にも頼らず
自分ひとりで結果を出して行く。

小さくても
一つの店を任され孤軍奮闘。

毎日が更に
充実していきました。

ところが...私はその後

大きな失敗を犯してしまうのです。

開店した後の
たった3年足らずで

私の任された店は業績不振から
撤退することになったのです。

資金不足。
競合店の出店ラッシュ。
様々な要因がありました。

でもそれは結局すべて言い訳
本当は自分に能力が無かっただけでした。

一軒店を潰してしまった。

会社にとんでもない損害を
与えてしまった。

そして何よりお客様に
大変なご迷惑を掛けてしまった。

大きな罪悪感で
押し潰されそうになりながら本店へ戻ると

すぐに社長から本店の店長を命じられました。
私は内心思いました。

「今のままの自分ではダメだ。

店長の器ではない。

まして本店の店長なんて務まるはずがない。」

それからは評判のメガネ店があると聞けば
他府県でも訪ね歩き見学しました。

そんな中、ホームページで
たまたま見つけた埼玉の眼鏡店。






















ページを読めば読むほど

この人はスゴイ。

それが業界ナンバーワンの眼鏡フィッター
横田流フィッティング術の横田進先生でした。

先生は徹底した技術至上主義。
値引き販売など一切せず
他府県からも多くのお客様を集めていました。

何としてもこの人から
技術を学びたい。

いても立ってもいられず
埼玉へ出かけました。

「こんなに遠くから勉強しに
来た人は初めてだよ。」

先生は暖かく迎えてくれました。


















ここで、自分が今まで
いかに未熟だったかを思い知るのです。

そして、この業界には
大いなる矛盾や問題点があること。

取り組まなければ
ならないことがたくさんあること。

数々のカルチャーショックを受け
それからしばらく
眠れない日々が続きました。

自分は人生で何をなすべきか?

何のために生まれてきたのか?


これまで経験して来たこと、
失敗、出会い、起こったこと
すべてに意味がある。

最後に行き着いた答えが

ただの“メガネ屋”ではなく

”メガネ合わせ屋”
になることでした。

オンリーワンになること。

そしてエッジの効いた
魅力ある店を実現させること。

その後は様々なスキルを
自分にインストールしていきました。

横田流フィッティング術、
認定眼鏡士、
キャリアグラスアドバイザー、
パーソナルカラーアナリスト、
バランス美学、
ハンドメイド眼鏡、
メンタルヘルス、
コミュニケーショントレーニング。

そしてそこでは
たくさんの方々に出会いました。

美容業界の方々が集まる勉強会で
一人のメイクアーティストに出会いました。

彼女との会話の中で
メガネとメイクは

どちらも目元を
美しくするものであり

外見に自信をもつ事は
人を輝かせる。

メガネもメイクも 同じ方向を目指している
と気づきました。

「将来、メガネとメイクで
コラボレーションができたらいいですね。」







それが美心メイクSATSUKIさんとの
出会いでした。

それからというもの
私はメガネを視力矯正具
としてだけでなく

人間を開花させる重要アイテムだと
考えることが益々強くなりました。

それから毎日、お店を潰した失敗を
挽回したい気持ちに
追い立てられるように働きました。


凄い店を作りたい。


その話が現実味を帯びてきたのは
2007年の終わりごろでした。

人口が増加した
三田市ニュータウンの中心街に

これまでにない本格的な
眼鏡セレクトショップを
出店する計画です。

今度は前回と規模が違う。
二度目の失敗は絶対に許されない。

その全権を自分が任される。

綿密な計画を立てました。

そして何度も
シミュレーションしました。

そして2009年4月
ついにファッションと技術を融合した

本格志向の眼鏡セレクトショップ
グラスフィッターササダをオープンさせました。

















一般的な眼鏡店とは全く違う商品構成。
メガネ屋ではなく「メガネ合わせ屋」。

取り扱うのはモノではなく
人の魅力を開花させるコト。

でも、それを一般に理解して頂くのは
容易なことではありませんでした。

決して順調とは言えない
日々が続きました。

そんなある日、ご遠方から
一人の女性客が来られました。

お客様は強度近視で
見え心地も掛け心地にも

そして何より外見に
悩んでおいででした。

結局そのお客様には
とても喜んで頂きましたが

お帰り際に言われた一言に
私は衝撃を受けました。



「メガネを掛けると言う事は

女性である事を

諦める事だと

思っていました。」



喜んで頂けたと同時に
女性が抱えるお悩みの深さを
思い知りました。

それからは強度近視でも
美しく見えるには?

ご自分を好きに
なって貰えるには?


ということに
取り組んで行きました。

様々な波を乗り越え2011年に
メガネ・メイク・スタイリング・カメラ
のプロを集結させたイベント
「メガネ美人花計画」をスタート。

そして2012年、横田流フィッティング術において
日本初のゴールドフィッターに認定されました。
















大丸梅田店で開催された職人展イベント
「日本のものあわせ」にも
創作眼鏡職人として出展。

そして2014年12月
インディヴィジュアル遠近両用レンズ
HOYALUX.Msiの販売枚数で
全国1位を達成しました。

ご遠方からのお客様が
増加したこともあり
2015年からは
独自色を強化しました。

店の顔を変えないため
徳永が休みの日は代役をたてず

定休日を増やし
ご予約優先制を導入しました。

2016年より眼鏡技術者向けに
眼鏡フィッティング塾
「徳永塾」をスタート。

2017年にはメイクアーティスト
SATSUKIとNPO法人美心眼鏡推進協会を発足。

国内最大のクラウドファンド
Ready Forにおいて

「強度近視女性を助けたい
日本初メイク×眼鏡情報誌発刊」の
プロジェクトで目標を達成しました。

まだまだ私にできることには
限界があり技術も知識も発展途上ですが

徳永を選んで下さったお客様が
様々なお悩みから解放され

その後の人生が開花し
明るく歩んでおられることを
確認できた時が最高の幸せです。

そして今、
私はこの仕事が大好きです。

天職は目の前にありました。

奇跡的にこの仕事を選び
天職だと気付きました。

私の目標はこの天職で
キラリと輝く店をつくること。

そして私の使命は
美しいアイウェアたちと
素敵なお客様を結び付けていくこと。

アイウェアで自信を持った人をつくり
日本を元気にしていくことです。


長い文章でしたが最後までお読み頂き
ありがとうございました。


あなた様にお会いできる日を
楽しみにお待ちしております。




GLASS Fitter  徳永裕司


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